シエルと志貴

ロアの一件から無事退院した俺はシエル先輩と一緒に帰っていた。
それはものすごく自然な事だったが俺からしてみればとても幸せな事だった。
何せこの数日間は地獄のような日々だったから・・・。

人を殺したかと思えば相手は吸血鬼だったり、
挙句の果てには吸血鬼退治を手伝えだの、
体中血まみれになったりだの、
先輩が教会の人間だったりと。

何かと非現実的な事が立て続けに起きたのだからそう思うのは当たり前だと思う。
まぁそれはともかく。
これからは何もない平凡な生活に戻れるということが何よりの歓びである事に違いはない。

「遠野君?」

ふいにシエル先輩が呼びかける。

「どしたの?先輩?」

と言い返す。

「もう・・・終ったんですね・・・何かとても長いように感じました。」

とシエルが言う。

確かに考えてみれば長い日々だったかもしれない。
俺よりも・・・ずっとずっと・・・長い日々だったと思う。

「そうだね、先輩。もう何もかもあの数日間で終ったんだ。」

そう、俺からすればたったの数日間―――――。
先輩からすれば俺の味わった数日間よりも凄く・・・辛く・・・長い日々。
これからは教会の人間ではなく一般の生徒として、人間として生活を送る事になる。

「遠野君と会えてと良かった。」

とふいにシエル。

「え?急にどうしたの?先輩?」

「え・・・あ・・いや・・・そのですね・・・。」

と何やら顔を赤らめているシエル先輩。
こういった先輩の仕草は本当に可愛いと思う。
今すぐにでも抱き締めたくなるような・・・。
そんな気持ちにもさせてくれる辺りこの人の仕草は可愛いと思う。

「遠野君と会えて私・・・。」

さらに顔を赤らめる先輩。
何やら手をもじもじさせているのが見える。

「遠野君と一緒に戦って、遠野君と一緒に抱き合って・・・。」

可笑しな事を言う人だなと思った。
何が言いたいのか俺のような鈍感な人には分からなかった。

「どうしたの?先輩?さっきから変だよ?」

と真面目に言い返す。

「えっと・・ですね・・・その・・・。」

もう見てられないくらい顔が真っ赤になっていくのが分かる。
正直先輩がここまで真っ赤な顔になったのは体を交えたあの時以来だと思う。

「私・・・遠野君と・・・その・・・これからもっともっと色んなところにいったりしたいなって・・・。」

「先輩・・・俺もだよ先輩。」

即答である。

遠野君と会えて・・・の後には明らかに繋がらない台詞ではあったが・・・。
まぁこうまで赤い顔してると自分が言った言葉すら覚えてないんじゃないだろうか。

「じゃあ遠野君。取り合えず今日は私の家にいらしてください。」

急に明るい顔に戻る先輩。
もわもわした気持ちを吐き出せたからだろうか。
取り合えず俺には断る理由もなかったし、
何より先輩と一緒にいられるのが嬉しいと素直に思ったからだ。

「オーケー先輩、で?今から?」

「はい!もちろんですよ。」

即答である。

俺としても今から特別何もすることがないので嬉しいといえば嬉しいけど、
あんな事の後でというわけかどうも違和感を感じてしまう。
まぁそれも今だけだとは思うのだけれど。


先輩の家についた。
時間が経つのも早いもので、
病院から1時間くらいの距離があったのだが、
楽しい時間は直ぐに過ぎるっていう言葉に凄く同感してしまった。

「さ!遠野君。遠慮せずにあがってくださいね。」

お言葉に甘えて部屋に上がった。

「おなかすいてませんか?」

とシエル。

「ああ、まぁ病院じゃロクなもの食べてないし。」

そう、病院で出るものといえば実際のところ、
家で食べれるようなものではない。
普段食べないようなものばかりでどれも俺の口には合わない物ばかりであった。
まぁ栄養を考えてってのは分かるが・・・。
それでも人間である以上嫌いな物は嫌いなのである。

「じゃあ私が腕によりをかけてご飯作っちゃいますね。」

と何やら急に張り切り出すシエル先輩。

「1時間くらいで出来ますから遠野君は部屋でのんびりしててくださいね。」

1時間か・・・。
取り合えず言われるままに部屋でぼーっとしていた。
途中強烈な匂いが部屋に充満する。

明らかにこれは、
カレーだ・・・・。

まぁシエル先輩がカレー好きってのは前から何となく知っていたけど・・・。

流石にカレーライスとカレーうどんでも出されたらこっちが参ってしまう。
そうならないことを願う。

「さぁできましたよ遠野君。」

そういって机に出された物は言うまでもなくカレーオンリーである。
綺麗に並べられた食器に盛られているカレーにご飯。

「おかわりも沢山ありますから、ドンドン食べてくださいね。」

とシエル。

流石にカレーばっかり食べれるものなのかと考えてしまう。
それはともかくせっかくシエル先輩が作ってくれたものなので、
冷めないうちに頂くことにした
と、ふいに。

「遠野君てあんなことがあったのに何だかもう落ち着いちゃってますね。」

格段落ち着いてるわけでもないのだが。
普段からぼーっとしてるといわれているし、
そう見えただけなのかもしれない。

「そうかな。やっぱりあの出来事は簡単に忘れられるものでもないし正直怖かったし。」

「そうですよね。遠野君は学生さんですから、簡単にはいきませんよね。」

と顔を曇らせる先輩。

この人の人を気遣うところは何時になっても変わらない。

「先輩が暗い顔することないさ。単に俺は怖いなって思っただけだし。
でもさ、それももう今では過去の話。過去は過去で割り切ってさ、
これからのことを考えようと思ってる。」

「遠野君は強い人ですね。」

と明るさを取り戻すシエル先輩。

「そう?まぁ俺は今までもそうやって生きてきたし、先輩に会うこともできたし。」

と、何かとんでもないことを言った気がした、が時すでに遅し。
思いっきり目を輝かせるシエル先輩がいる。

「遠野君!それ本当ですか!?」

ロアのときにそれっぽいことは言ったと思うんだけど・・・。
まぁいいか・・・。

「本当だよ先輩。俺は先輩に会っていなければ本当にどうにかしてたと思う。」

そう、本当に先輩には色々と助けてもらった。
雨に打たれた俺を開放してくれたり。
俺を助けるために教会に掛け合ってくれたり。
本当にこの人には感謝している。
そんなかけがえの無いこの人に俺は恋しているんだなと思う。

「それに俺は先輩の事が好き。他の何を失っても先輩だけは失いたくない。」

と、もうここまできたら自分の感情を抑える事が出来ない。

「遠野君・・・私も遠野君の事が好き・・・。」

カタンとスプーンが手から落ちる。

そっと唇を重ねあう。
どっちが先に仕掛けたとかではなく、
自然に二人は重ねあっていた。

ちょっぴりカレーの味がした。



―――――――1週間後。

着々と普通の生活に慣れてきだしたある日。
何時ものように翡翠が俺を起こしに来る。

相変わらず変わらない態度で、

「おはよう御座います、志貴様。」

「ああ、おはよう翡翠。何時もありがとう。」

「いえ、当然のことですから志貴様に感謝されるいわれはありません。」

毎日こんな調子で朝を迎えている。 極平凡な、
それでいて毎日が新鮮で、
今この時をもっと大切に過ごしたいと心から願っている自分がいた。


「朝ごはんできてますよ志貴さん。」

あは〜とした表情で迎えてくれる琥珀さん。

「ありがとう琥珀さん、それじゃ頂きます。」

食卓には朝ごはんを済ましたのか、朝から紅茶を飲んでいる秋葉の姿があった。

「朝飯は食べたのか?秋葉。」

「ええ、兄さんみたいに何時までもぼーっとしてる暇はないですからね。」

秋葉も相変わらずこんな調子である。
「それは悪かったね。もうそろそろ学校の時間じゃないのか?」

と、自分の言われたことをさも気にしないようにと問いかけてみる。

「そうですね。兄さんも人の事心配しないで自分の事を心配したほうがいいんじゃないですか?」

と紅茶を飲み干して呆れた顔つきで俺に言葉を投げかける。
「おっと、そうだったな。」

と急いで琥珀さんの作ってくれた朝ごはんを食べる。


朝ごはんを食べ終えて門の前まで足を運ぶ。

「いってらっしゃいませ。志貴様。」

翡翠の見送りも何時もと変わらない。
もってきてくれた鞄を手にとり手を振って屋敷を後にした。

道中青い髪の生徒を発見。
シエル先輩だ。

「おはよう先輩。」

と肩をポンっと叩く。

「あ、おはよう遠野君。」

先輩も笑顔で返事をしてくれる。

「あ、そうそう今日学校に転校生が来るって話ですよ。」

と 何かを思い出したように手をポンと叩いて俺に話しかける。
どっからそんな情報を持ってくるのか。
まぁそれはいいとして、
転校生か・・・。

「そうなんだ?」

と、間の抜けた返事を返す。


「そうですよ。もう!遠野君貴方の学年の人ですよ?」

ぷんぷんと怒っているがそれもまた可愛く見える辺り先輩は可愛い。

「あ、そうなんだ・・・。でも転校生が来るなんて話聞いてないけどなぁ。」

と首をかしげて答える。

「遠野君・・・先生が話してる間寝てたんじゃないんですか?」

と笑って話す先輩。

「はは、そうかもしれないな。」

と笑って誤魔化す。

「まぁそれはいいですから早く学校にいかないと遅刻しちゃいますよ。」

とシエル。

「おおっといけない。それじゃ行こうか先輩。」

「はい。遠野君。」

学校までシエル先輩と話をしながら登校する。
先輩とは話てても飽きないし、
何より好きな人と二人で登校だなんて俺は今まで一度もなかった。
まぁそんな幸せな時間はあっというまに過ぎ去るもので、
気がつけばもう学校である。

「それじゃ遠野君、またお昼休みにお邪魔しちゃいますね。」

「うん。先輩も遅刻しないようにな。」

と笑って答える。

「何いってるんですか!私は走れば自分の教室まで1分もあればついちゃいますから。」

そうだった。この人の足は並のもんじゃなかったんだ。
てことは慌てるのは俺のほうか・・・。
と真面目に考える時間はない。
会話の途中に割り込むようにして呼び鈴がなり響く。

「それじゃまた昼休み。」

と一言交わし教室へ急いだ。

教室は相変わらずで皆ワイワイと話し込んでいた。

とそこへ。

「いよーぅ。遠野。」

と聞きなれた声。
そう、有彦である。

「朝から五月蝿い奴だなお前も。」

「まぁまぁそういうなって。今日このクラスに転校生が来るんだってよ。」

と目を輝かせていう。

「それはしってるよ、朝きいたからね。」

「お?朝知ったのか。昨日先生いってたのにな。」

やっぱりそうか・・・。
俺その時寝てたのかぼーっとしてたのか。
まぁどちらにせよ転校生が来るって事が分かっただけでもいいとしよう。


ガラっと扉が開いて先生が入ってくる。

「今日は転校生を紹介する。」

といきなり先生が転校生を紹介する。
周りはもうわくわくしている。
当然有彦の奴も。


別に転校生に興味はないし、
適当に話を聞いていた。

「今日から皆の仲間になるシエル・エレイシア君だ。」

え?先輩が・・・?

「せ・・・先輩!?」

ガタっと机を揺らして立ち上がる。

「おう?遠野。先輩って・・・お前ここの転校生だぞ?」

はははと教室中が笑う。

どういうことだ・・・。
先輩って確か3年のクラスの人で・・・。
まぁ考えるまでもないか・・・。
きっと得意の暗示をかけたに違いない・・・。

「じゃあシエル君は遠野の隣に座ってくれ。」

あれ?俺の隣って空いてたっけ?
ものの見事にあいている。
まぁこれも暗示だろう・・・。
隣にいた生徒はその後ろの席に座っていた。

シエル先輩が俺の隣に座る。

「先輩!何やってるんですか!?」

と当然聞きたくなる台詞である。

「何って遠野君と一緒にいたいからですけど。」

当たり前のように俺の言葉を軽く流してくれる。

「はぁ・・・先輩そこまでしなくても・・・。」

「先輩はやめてください。もう遠野君と同じクラスの生徒なんですからね。
シエルって呼んでください。」

呼んでくださいって・・・・先輩・・・・。

「何時でも会えるじゃないですか・・・。」

んーと考えたようにして、

「まぁそれもそうですけどね。」


はぁ・・・。
まぁ俺としてはシエル先輩、いや、
シエルと一緒にいれるだけで嬉しいからいいけど・・・。

「んでもさ先輩?」

「先輩じゃないですよ遠野君。」

クスクスと笑いながら俺にそう言う。

「いや今まで先輩って呼んできたからね。いきなりシエルっていえるわけないんだけど。」

「まぁそうですね。でもこれからは慣れてもらわないと困ります!」

何がどう困るというのか・・・。
この人の思考はたまに何考えてるか全然分からない事がある。

「で、話の続きだけど。」

話を戻そうと切り出す。

「はいどうぞ遠野君。」

とシエル。

「制服・・・3年生のリボンついてますけど。」

あっといった表情がよく似合う顔をするシエル先輩。

「そうですねぇ。でも皆何とも思ってないみたいですから。」

だからいいんです。
と目で訴えてくる。

「まぁでも先輩と一緒にこれから授業できるなら退屈はしないね。」

と恥ずかしげもなく言った台詞。

気づいた時には既に遅い。
此処は教室の中。
当然クラスは、

「遠野君あの人と知り合いみたいね。」
「しかも一緒に授業できるなら退屈はしない、ですって。」

とまぁ学校ならではのお決まりコースだ。

「おいおい遠野君?」

と赤い髪の男が俺の肩に手を当てる。
当然コイツがからんでくるのもお決まりのコースなのだ。

「何時からこんな可愛い方とお知り合いになってたんですかね?」

と今にも殴りかかってきそうな勢いで俺に問いかける。

と言うか何時からといわれても正直困る。
昔は有彦と先輩と俺との3人で馬鹿な話をしていたのだから。

仕方なく、

「う・・・うん今朝校門でね。」

そういった。

「そうだったのか。じゃあ転校生の事を今朝知ったっていったのはこの人に聞いたのか?」


そりゃそうだろう。

ということにしておこう。
別の人っていえばまた話がよじれる事間違いなし。

「そうだよ。」

と一応答えておく。

「はっはっは。まぁそうだよな。
お前みたいな奴がこんな綺麗な方と知り合いなわけねーもんな。」

と何やら失礼な事を平気でいってくれる。
でも今はそういうことにしておいてもいいかな。

「まぁそういうことだ。お前も早く席戻れよ。」

明らかに今は授業中。
当然前でプルプル肩を震わせる先生が居る事は言うまでもないだろう。


―――放課後。


「さぁて帰るかなぁ。」

と背伸びをして鞄を持つ。

「遠野君?」

とシエル。

「あ、先輩・・・じゃない、シエル。」


流石に「シエル」っていきなりいうのにも慣れない。
まぁそれはともかく。

「どうしたのシエル?」

特に言葉が見つかるわけでもなくそう言う。

「お時間ありますか?」

とシエルが答える。

「まぁ今から帰って何もすることないから時間があるといえばありますけど。」


「それじゃあ茶道室でお茶でも飲みませんか?」

とシエルが茶道室へと誘ってきた。

「はい。喜んで行きますよ。」

即答。

それはもうシエルと茶道室にいくなんてことは正直久しぶりであったし、
シエルとまたこうやってあの場所であのお茶を飲みたかったからだ。

「それじゃ茶道室までいきましょうか。」

俺の腕を強引に引っ張って茶道室まで俺を連れて行く。
茶道室についてシエルが鍵を開ける。

「さ、入ってください遠野君。」


「あ、はい。」

中はあの頃とまったく変わっていない。
初めてシエルとお茶を飲んだあの日から。
何ひとつとして変わってはいなかった。

畳に敷き詰められた部屋。
光が差し込み照らされる部屋。
そこに映るシエル。

「はい、遠野君。」

とお茶を丁寧に俺の前に差し出す。
それを丁寧に口元まで運び飲み始める。

「もっと気楽にしていいんですよ。」

クスっとシエルがそう言う。

「はは、そうだね。」

ここは静かで心が和む気がする。
部屋のせいというか、
シエルが直ぐ側にいるからだろうか。

昔は一人で不安だった。
そんな時俺を助けてくれたのがシエルであり、
俺の心の支えでもあった。

その人が今俺の側でゆったりした時間を過ごす。

「ねぇ遠野君?」

ふいにシエルが口を開く。

「どうしたの?」


「茶道室というこの場所で私達が話したあの日々凄く楽しかった。
本来は遠野君を騙した形で接していたはずなのに、
今は遠野君と話したあの日々がとても楽しく感じちゃうんです。」

「そうか。俺もあの時は凄く楽しかった。シエルと沢山話す事ができたし。」


「そうですか。でもこれからはこうやって毎日話す事ができますね。」


「ああ、クラスにまで引っ越してきたしね。」


はははと二人で笑って過ごす。


とふいにシエルが俺の手をとった。


「これからはずっと一緒です。遠野君・・・。」

俺も強く手を握り返す。

「ああ、ずっと一緒だ。」





―――――赤い夕日が差し込む茶道室。

二人は手を取り合って。


時間を忘れ。


ただ唇を重ねあわす。


―――――それは、


短い時間ではあったが、


二人にとっては、


―――――永遠ともいえる長い時間。

Fin