食べ物の恨み

此処は魔界。天使を傷つけた罰を受け、
堕天使となってしまったフロン。
そして、改めて魔王の座へとついたラハール。
そんな魔王の元で働く家来のエトナとプリニー隊。

大天使ラミントンと交流を深め、
今では天界と魔界を閉ざす門もなくなり、
天使も悪魔も出入りが自由になりました。

此れは、そんな平穏な日常のとある出来事。



「ちょっと、ラハールさん!いい加減にしてください!」

第一声を放つのは堕天使フロン。クリーム色の長い髪を上品に靡かせ、
赤いリボンが其れに酷く似合っている。魔界という闇に生きる存在にとっては、
其の姿はとても眩し過ぎていた。故に、魔界を出歩くと、
其の姿は一目置き、魔界という場所に存在する天使は此れ程にもない、
アンバランスなジオラマと化していた。
堕天使、という響きは余り似合わない職業をやっているのだが、
今ではそれもなじんでしまい、特別気にならなくなっていた。


そんな彼女が珍しくも怒声をあげていた。
規則正しく並べられた大きなテーブル。
皆で其のテーブルを囲めば、恐らく数十人という悪魔が食卓につけるだろう。
そんな上に乗せられている『食べ物』とは言いがたいものが、
自分の役目は今か今かと待ち構えていた。


「いい加減にするのはお前の方だ!オレさまは魔王なんだぞ!」


一際高い声でフロンの怒声をはじき返す怒声があがる。
一人称が「オレさま」の彼は、この魔界の魔王、ラハールである。
青くさっぱりとした髪。其の先には2本の髪が飛び出ている。
彼曰くこの2本の触覚のようなものは、「キューティクル」というのだそうだ。


何やら二人はもめている様子である。そんな疑問は、
当事者である二人には全く抱かない感情のひとつ・・・。


「魔王も天使も関係ありませんよ!」


負けずとフロンが其の怒声をはじき返す。
其れを負けずとラハールがさらにはじき返していく。

「なんだと?この愛マニアめ!」


こんな二人の怒鳴り声を聞いていた、いや、聞かされていた、
といった方が正しいであろう人物が居た。

二人の怒声は、謁見の間から放たれており、其の怒声は、
大の大人でも見上げる程ある鉄製の大きな扉を挟んだ先の、
広間にまで簡単に聞こえてしまうくらいのモノだった。


「ちょっとちょっとぉ、何の騒ぎ?うるさくて眠れやしないんだけど。」


そういって出てきたのは家来のエトナである。
赤い髪を丁寧に二つにくくり上げ、其の風格が人格を表している。
露出の激しい黒い服を着込んでいるのだが、
其れすらもこの人物にとっては此れ以上ないくらいに完璧である。

たたたたっ、という音と共にエトナの前に現れるクリーム色の髪をした堕天使。


「エトナさんエトナさぁん!聞いてくださいよー!」


何やら凄い剣幕のまま話を切り出そうとするフロン。
其の様子をただ黙って見つめるだけのラハールをよそに、
有無を言わさず話しかけてくる。

「ああ?何?私眠いんだから手短にしてよね。」

魔界の時間にして今は丁度深夜。
いくら悪魔といえども睡眠はとるし、ご飯もきちんと食す。
特に、エトナは美容に恐ろしく気を使っており、
夜は寝る、朝は起きる、ご飯は三食キチンと食べる。と決めていた。
そんな自分にとって寝る時というのはうるさい殿下もいなければ、
愛愛愛とうるさい天使もいない、いわば至福の時間でもある。
そんな至福の時を邪魔された挙句、頓着お構いなしに、
言い争いの理由を話そうというのだから、つい態度に出てしまう。

だが、今のフロンは其れすら見えていないくらいに激怒しているようだ。
手をぱたぱたさせながら理由を話していく。

「私が買ってきたゾンビの腕の唐揚げなんですけど、
指が1本多い方をどっちが食べるか、って事なんですけど。」

フロンとラハールの喧嘩の原因は、要するに、
テーブルの上に広げられた『食べ物』には見えない、
ゾンビの腕の唐揚げの取り合いという理由らしい。

「うっわー・・・くだらねー・・・。」

眠さの余りつい本音をこぼしてしまうエトナ。
しまった、と思ったときには後の祭り。

「おいエトナ。くだらないとはなんだくだらないとは。
此れは重要な問題なのだぞ?
下手をすれば死活問題になるくらい重要だ!」

ラハールも落ち着きがみられない様子で話す。
・・・ただ、理由はとてもくだらないし、
ただのあてつけのようにも思えて心底呆れるエトナ。

「・・・殿下、其れ魔王の台詞ですか?ただのガキにしか見えませんよ。」

眠りをさまたげられた原因が此れ程までにくだらないと知って、
エトナもカチンと来てラハールをつつく。
だが其れは火に油を注ぐようなもので、ラハールの怒りのボルテージを、
あげていくだけの結果になってしまった。

「なんだと!エトナ、いい度胸をしてるな。
お前もフロンと一緒にオレさまの技を受けてみるか?」

仮にもラハールは魔界を統一する魔王という存在。
其の戦闘力は見かけにもよらない程に強力であるのは、
一番家来のエトナが一番良くしっていた。

「こらフロンちゃん!殿下に指の多い方を譲ってあげなさい!」

ずびし!とフロンに指を指して言う。

長いものには巻かれろというのがエトナの中では教訓のようだ。
さっくり自分の意見を撤回し、ラハールの味方となり注意をそらす。
こういう策士的なところは悪魔という存在を自覚させてしまう。

納得いかないのは勿論フロンである。
ぷんぷんと赤い顔をして折角の容姿が台無しである。

「ちょ、エトナさん!そんなのひどいですよー!」

そんなフロンをよそに、高笑いをあげている魔王が一人。
起用に腕を組んで顔いっぱいに口を広げて笑うのが、彼の癖。
彼に言わせると高笑いは魔王の重要な『仕事』になるのだとか。

「ハァ〜ッハッハッハッハッ!それでは、
このゾンビの腕の唐揚げは、全部オレさまが頂くとしよう。」

エトナという味方をつけて調子にのったラハールは、
フロンが買ってきたゾンビの唐揚げを独り占めしようとしていた。
魔王になるとこうにも悪魔らしい考えになるというか、
単にひねくれているだけ、という説もある。

勿論納得出来ないのはフロンだけ。
フロンもラハールと同じように腕を組み、口をむすーっと尖らせて、

「んま!ラハールさん!指が多いのは譲りますが、
全部とは聞き捨てなりませんね!」

フロンも負けてはいなかった。折角自分がかってきたものを、
何の根拠もなしに全部奪われるというのは納得いかないようだ。

ギロリと鋭い視線だけをフロンに向けて凄い剣幕になるラハール。
其の風格はまさに魔王にふさわしいくらいに完璧なものだ。

「ほう?フロン、この魔王ラハールさまに逆らおうというのか?」

此れも彼の口癖の一つである。
何か事あるごとに自分を魔王だからだとまくしたてあげるのだ。
もうそんな事には慣れっこになっているフロンも、
此れくらいでは動じない。

「魔王さんより唐揚げの方が大切です!」

怒りでわれを忘れつつ、すでに忘れているかもしれないこの二人。
ドンドン会話にも接点がなくなっていき、ただの言葉の並べあいっこになってきている。

「うわー・・・フロンちゃん、それ絶対使い方間違ってるよ。」

すかさずエトナの鋭い突っ込みが入るのだが、二人にはまるで効果がない。
完全にあきれ返ったエトナはもう、相手にする事にも無気力になりつつあった。

2本の触覚らしき髪がピンッ、と立つと、ラハールの剣幕はより一層深まる。

「なにぃ?この愛マニアめ!・・・よかろう。
ゾンビの唐揚げをかけてオレさまと勝負しろ!
それで勝った方が全部頂く。此れなら文句はあるまい?」


エトナは根本的な問題からそれまくっていたのを感じていたのだが、
もう突っ込む気力も失っていた。
要するに、指が1本多くて喧嘩しているのならば、
其の多い1本の指を半分にすれば二人とも均等に分け与えられる。

「・・・いいでしょう。負けても泣かないでくださいね。ラハールさん。」

俄然やる気になっているフロンの瞳には天使とは思えない殺意が感じられる。
と、いうよりこれは闘士という方が正しいのだろうか。
手を拳に変えて自分の顔の前へとビシッと突き出すと、
ラハールの提案を受け入れる、といった仕草を見せる。

にやり、と口元を緩ませるのだが、其れでも組んだ腕は以前そのままで、

「フン!魔王ラハールさまの力を思い知らせてやる丁度良い機会だ。
手加減はしないからな!」

「こっちこそ!」

そういって二人の勝負とやらが始まろうとしていた。
両者睨み合って一歩も前進を許さない、といった状況が続く。

と、そこへ、二人の怒声を聞きつけたのか、青いペンギンが姿を現す。

「あれ?何かもめてるッスか?あ、こんなところにゾンビの腕の唐揚げが!
此れって人気があって並んでも買えるかどうか分からないんスよね〜。」

目の前の「其れ」を見て何やら一人で目を輝かせているペンギン。
このペンギンは「プリニー」と呼ばれており、魔界で働いている家来である。
ペンギンのくせにしゃべるわウェストポーチなんぞつけているわで全くペンギンらしくない。
口癖は「〜ッス」であり、生前に罪を犯すと其の魂は、天国に行く事を許されず、
そのまま「プリニー」として罪滅ぼしをしなければならなくなる。
天界にもプリニーは存在しており、天界では家事全般を行って罪を償う。
魔界では、超低給料で最悪の重労働をして罪を償う。といった感じ。

其の言葉に耳を傾けたエトナ。ただの唐揚げならまた買えばおしまいなのだが、
そうまでしてもめる理由は恐らく其の「人気」とやらにあると思ったからだ。

「え?そうなの?あーそういえば、そんな人気商品があるって、
この間の番組特集でやってたっけ、其れって此れなんだ。」

特別興味はなかったのだが、エトナは其の言葉で、ある番組を思い出す。
そこで紹介されていたのが今目の前にある「ゾンビの腕の唐揚げ」なるもの。

「そうッス!魔界の住人なら一度は食べてみたいと言われる程の名物ッス。
中には1000年間毎日並んでも買えない人が居るくらいッス。」

そういって目線は依然として唐揚げに釘付けである。

「・・・そいつどこの誰?えっらい運悪いのねー。
ていうか、ゾンビの唐揚げなんて自分でとっ捕まえて作ればいいじゃない。」

言われてみれば其の通り。ゾンビなんて魔界には腐るほど存在しているし、
殺しても殺しきれないくらいの生命力を維持しているのだ。
其の繁殖力は並大抵のものではなく、煮ようが焼こうが其の存在が減る事はない。
故に・・・絶滅種等という類には一生なりえないのもこれまた確か。

というかその1000年並んで買えない人って本当に運悪い。

「其れがそういうワケには行かないんス。
店長自慢の秘伝のタレがあるからこその魔界の人気商品なんスよ。」

人気の秘密はどうやら「秘伝のタレ」が関係しているらしい。

「うわ、こりゃまたベタなネタの使いまわし・・・よくあるオチね。」

さらっととんでもない事を発したエトナはこれまた呆れてしまった。
そろそろいい加減うざったいので部屋へ帰ろうとした矢先。

「エトナさま、そう言わずに、丁度二つあるみたいッスから、
二人で食べるッスよ。病み付きになるッス!」

プリニーは目の前の唐揚げに心奪われ、こちらも別の意味で、
我を失っている。重要な問題を忘れているとも知らずに。

「ああ、いいねぇ、並んで買うのもアホらしいし、二人で食べちゃいましょう。」

此処まで邪魔されておいてタダで帰るのも何だか癪だったので、
エトナは珍しくもプリニーの意見に賛成する。


テーブルに乗せられたゾンビの腕の唐揚げは、ようやく其の役目を果たそうとしてた。
気がつけばあたりを見回せど、今回の騒動の原因となっていたソレは、
忽然と姿を消していた。

「ああ・・・やっぱり美味しいッスねえ。噂されるだけあるッス。
実はオレたちも並んでた事があったッスけど、なっかなか買えなかったんス。
一時は諦めてたんスけど、思わぬ収穫ッス!」

涙を流しながら丁寧に其の二度と食べれないであろうゾンビのから揚げを味わうプリニー。
其れに見かねたエトナは、完全にさめていた。

「はぁ、そんなに涙流して感動する程のもんじゃないでしょうに。
あ、でも食べてみると意外に美味しいのね、此れ。どうやって作るんだろ。」

口をもぐもぐさせながらも確かにエトナも其の味をしっかり確かめていた。
ほんのり広がる甘酸っぱい食感に加え、ゾンビの腕のカリカリっとした感触。
この二つが絶妙なまでに味を引き立たせていて、とても美味しいのだ。


さっきまで睨み合いを続けていたラハールはそれに気づき、
フロンから視線をはずし、晴れて容疑者となった二人に視線を向ける。殺意をこめて。

「おい、貴様等。今すぐ其の口に含んだものを吐き出せ!」

それを見てやっと状況を把握したフロンもワンテンポ遅れて怒声をあげる。

「プリニーさん!エトナさん!抜け駆けなんてズルいですよ!」

この人気商品とやらのために言い争って、あまつさえ戦闘モードになった二人だが、
こうまであっけなく第三者に食べられてしまっては、治まるものも治まらないというもの。
それにやっと気づいたエトナはすでに後の祭り状態である。

「まぁまぁ、いいじゃない。また並んで買えば。」

なんて言っても無駄な言葉しか思いつかない。
二人から狙われている絶望感と、それでもまだ口の中に広がる、
あのゾンビの唐揚げの香ばしさがアンバランスに交じり合い、うまく口が回らないのだ。

完璧に頭を切り替え、危険を察知するプリニー。

「あわわわ、つい話題に盛り上がって勢いで食べちゃったッスー!
逃げるッスよー!」

そういって一人で逃げようとするプリニーだが、其れを見逃す程、
ラハールは甘い悪魔ではなかった。

どこからか取り出した自分の身長程もある大きな剣を取り出す。
見事なまでに仕上げられた其の剣は、きっと凄い業物に違いない、多分。
其の剣を起用にもくるくると回し、自分の頭上へと上げ、
足を曲げ、其れをバネとして高く飛び上がり、
掛け声と共に剣を振りつける。

「逃がすか!飛天!無双斬!」

飛天無双斬と言われた其れは、大きな剣を振りかざすと共に、
超高速で標的に向かって飛び込んでいくという技。
其の速さで剣に摩擦がおき、最終的には大きな爆発となって対象を狙いうつ。

原子力発電所が爆発でも起こしたかのような大きな音を立て、
ラハールの飛天無双斬が炸裂する。

「ギャァァァァアアアアッスゥゥゥウ!」

こういうときにも「〜ッス」がつくあたり、無意識な口癖なのだろう。だからこそ「癖」なのだが。
プリニーも自業自得といえば自業自得。食べ物の恨みは恐ろしいという事だろう。

「食べ物の恨みは怖いって感じ・・・?」

口を引きつらせ、ビクビクしながらも自分の立場を忘れないのは立派なエトナ。
頭のキレるエトナが次に考えていたのは、次の標的は自分だろうという事だけ。
運悪くも予想は的中してしまう。

「さぁ、エトナ、お前も覚悟は出来てるんだろうな?ああ!?」

「この責任どうとってくれるんですか!エトナさん!」

間髪いれずに物凄く剣幕で睨みつけてくる魔王と白き堕天使。
こうなるともう手のつけようがない、エトナは引き下がることしか出来なかった。

「あはは〜、いやまぁ、その、まぁ二人とも落ち着いて?ね?」

なんて慰めて見るのだが、全く効果がない様子。
寧ろそんなことで許すはずもないという事をエトナは良く知っている。

「許さん!」

「いくらエトナさんといえども許せません!」

依然として態度を緩めないこの二人にはもう何を言っても聞かないのだろう。
こういうときだけ息ぴったりに合わせてくるこの二人。ほどよく相性はいいのではないだろうか。
と、ラハールとフロンが戦闘態勢に入る。ラハールは剣をしまい込むと何やらポーズを変える。
其れにあわせてフロンは片腕を高らかにあげ、人差し指をピン、とさせている。
殺気を感じたエトナは此れが最後だと思い、ダメ元で言葉を発する。

「ちょ、ちょっと待って、待ってってば!」

そんなエトナの声は空しくも二人の心には通じなかった。

「聞く耳もたん!
ハァァァァァァァァァァァッ!」

ラハールの拳に気が込められる。するとラハールは高く飛び上がり、
技の名前を口走る。

「メテオ、インパクトォォォォオオオオオオオ!」

飛び上がり、地面に勢いよくたたきつけた拳から発せられたのは、
摩擦で起きた炎、ラハールの其の拳は所謂予備動作に他ならず、
其の拳は「爆弾」の役割を持っている。勢いよくたたき付けた拳は、
地面に触れることにより、大爆発を起こす。
其れを見たフロンは今だとばかりに勢い良く掲げた指をエトナめがけて振り下ろす。

「天罰!」

耳障りな雷鳴と共に、エトナの頭上には一本の雷が落ちる!

「ぎゃああああ!」

其れを受けたエトナは完全無比にぼろぼろにされてしまった。
服どころか皮膚まで焼け焦げてしまい、見るも無残な姿となっている。

「た、食べ物の恨みって・・・こんなに・・・怖いもの・・・だった・・・なんて。」

最後の力を振り絞って発せられた言葉は何ともいまさらなセリフだったりもした。
そういってエトナはぱたりと倒れこみ、動かなくなってしまう。
其れをプリニー隊が見つけ、エトナを自室へと運んでいくのが見えたが、
ラハールとフロンはこてんぱんにしたのを満足に、気にもとめていない様子だった。
其の二人の顔には、何処か何かに勝ち誇ったようにキラキラと輝いていた。
と、不意に、

「フロン。」

声を発したのはラハール。其の声には魔王の威厳を取り戻していた落ち着いた声。
それで居てどことなくやさしさを感じた其の声にフロンは呆気に取られてしまう。
キョトンとした顔でフロンは言葉を返す。

「はい?」

次の瞬間、ラハールは不思議なことを口走っていた。
解いた腕を組みなおし、フンと鼻をならし、目をつぶりながら、

「無くなってしまった唐揚げ、食べたくはないか?」

そういうとフロンは此れからどうするかも考えずに目を輝かせ、
両手をぱたぱたとさせている。其の姿からは、誰もが堕天使ということを、
忘れるくらいにもまぶしすぎるものだった。

「食べたいですー!」

そういうと其れを合図にまた鼻をフンと鳴らすと、目を閉じたまま、

「よし、ならばこの魔王ラハールさまが、
其の店の店長から唐揚げをごっそりと奪ってきてやろう。」

自信満々に言う其の言葉の内容は実に犯罪じみていたのだが、
魔界ではそういったことも日常茶飯事である。其れがザ・魔界なのだ。

「うう、それはなんだかいけない気がしますが、
でも唐揚げも食べたいし、えーっと・・・。」

唐揚げと犯罪を天秤にかけてグラグラとゆれているフロンの頭の中。
こういうときでも一応は物事を考えるらしい。其れはラハールの身を案じての事なのだが。
堕天使といえども心は何時までも天使のままであるのはフロンの性格ゆえである。

其れを見据えたラハールは、ふう、と一息つくと、

「良い良い。オレさまも食べたいのだ。
だが、あのバカ面下げた連中どもと並んで買うのも気が引けるというもの。
まぁここでおとなしく待っているが良い。ハァ〜ッハッハッハッハッ!」

そういうとフロンの言葉を待たずに高笑いをしながらラハールは其の店へと行ってしまう。
バタン、と大きな扉の閉まる音を聞いたフロンは、どうすることでもなく、
先程までとはうってかわって静まり返った謁見の間を見渡している。
大勢いるからこの間も楽しく感じるのであって、いざ一人になると寂しさを実感する。
こんなことならばラハールについていけばよかった、と内心思ってしまうのだが、
もう行ってしまったのでどうすることもできなかった。

この謁見の間には多少の家来が居座っているものの、
其のほとんどが其の業務を果たしていない。というかたっているだけで達成される。
勿論まじめにたっているわけではなく、だらだらとだらけきっているし、
話しかければ其れこそどんな事態も笑い話にかえてしまうくらいユニークな内容だ。
そんな事もあるからこそ、彼女は自信を持てるし、大丈夫なのだと、
今まで起こってきた出来事を乗り越えられたのだと思う。
だが、そんな家来も、ラハールという魔王がいるからこそ安心出来ているのだ。
ゆえに、ラハールという存在はもう魔界にはなくてはならない存在となってしまっている。
・・・まぁ、本人にそういった自覚があるかどうかは別、として。

謁見の間の中心には大きな椅子が一つだけある。
大人一人が座っても其の背もたれを越える事はなく、正に魔王専用といった具合。
勿論ながらこの椅子には常にラハールが座っている。そして高笑い・・・。

思えば初めて此処に着た時、魔王クリチェフスコイの暗殺を命じられて、
しのび足であたりを探りながらきたものだが、今となっては堂々と歩くことも出来るし、
この城の構造もほとんど把握してしまい、どこにいくのも地図なしで簡単に辿り着ける。
そういった意味では今では居心地のいい住居となっている。
今天界に戻ればきっと、魔界のほうが居心地がいいと思えるのではないだろうか。
それゆえの・・・・堕天使という事もあるのだが。


あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。
何かの気配が近づくのを確認すると、バタン、と大きな扉が開く。

2本の触覚のような髪、小さな体に赤い大きなマフラーがついている。
手には自分よりもあるであろう大きなビニール袋を提げている。

「ほら、買ってきて、もとい、奪ってきてやったぞ。悪魔らしく正々堂々とな。
此れなら文句はあるまい?」


ふふん、と鼻をならしてラハールは自慢そうに第一声をフロンに浴びせた。
過程はどうであれ、ラハールがこうまでして手に入れてきてくれた事に嬉しさを覚えていたフロン。
だが、其の量は、フロンが買ってきた時とは2倍にも3倍にも膨れあがっていたのが気になっていた。

「何をどうしてどうやったかまでは問いませんが・・・
それにしても物凄い量ですね。ラハールさん・・・。」

其の量はいったいどういうためのものなのか。
自分がたくさん食べたいからなのだろうか?それとも・・・?

「うむ。この城に居る全員の分くらいなら入っているだろう。
フロン、外で警備してる家来とプリニー隊、其れと、エトナを呼んで来い。」

此れだけの量は、城に居る皆の分なのだと、ラハールは語る。
そんな言葉に感動をかみ締めながらもフロンは皆を呼びに行くことにする。
其のときのラハールの顔は、とても優しい顔をしていた。
今の其の姿は、きっと魔王クリチェフスコイのように・・・。


がやがやと謁見の間がにぎわっている。
この大きな城の全員が集まる、となれば其れこそ大宴会でも始めるのかというくらいの人数。
この中でも目立つのは、やはり頭が青い色をしているプリニー隊であろう。
隊、というだけにその数は数え切れない程存在していたのだから。
さっきまで寂しいと感じていたこの謁見の間も、ラハールの行いで一気ににぎわってしまう。
そんなラハールは勿論ながらもあの椅子へと腰掛けて満足そうにしている。


「おおお、此れがあの超人気の悪魔ブランドとも言われるゾンビの唐揚げッスか〜!
オレ初めて食べるッス〜!ラハールさま〜有難うッス〜!」

涙を流しながら発しているのはプリニー隊である。
今ではそんな「ありがとう」という言葉にも慣れていたのか、フンと鼻を鳴らすだけで流している、
此れは彼の照れ隠しなのである。本当は嬉しいはずだ。ラハールが正直じゃないのは、
今に始まったことでもないわけだから、フロンはそんな姿を見てふふ、と小さな笑みをこぼした。

「最初からこうすりゃ良かったじゃないの!あーあ、
あたしってやられ損じゃない。」

奥から出てきたのは赤い髪を二つに束ねた悪魔。エトナである。
両手に腰を当てながら眉をしかめている。
流石に1000年以上生きてるだけあって、其の体はタフという次元を超えている。
あれだけの攻撃を受けながらも今ではすっかりピンピンしている。
というのもプリニー隊の必死の看護のおかげなのだ、という説もあったりなかったり。

「まぁそういうな、エトナ。元はといえばお前が盗み食いをするから悪いのだ。
マデラスのように追放されなかっただけでも良いと思わぬか。
それに、オレさまのモノを勝手に食べたのだから、自業自得というやつではないのか?」

正論を突きつけられてもはや何もいえないエトナ。

「まあ、確かにそうですけど。」

それでもやっぱり納得のいかなさそうな顔をしているのを見かねたラハール。

「まぁよいではないか。こうして皆の分の唐揚げもあるのだし。
皆で食べればよいではないか。」

其れを合図に待ってましたとばかりに片腕をいっぱいに伸ばしてフロンが言う。
其の顔はこれ以上にないくらいニコニコしている。
超有名の悪魔ブランドゾンビの唐揚げを食べられる嬉しさと、
ラハールが自分の分だけではなく、家来の分まで持ってきたという愛。
そんな二つの感情がフロンをより一掃堕天使ならぬ天使の風格を引き立たせていた。

「さんせー!それでは皆さーん。ラハールさんの愛を確かめながら、
美味しく頂きましょー!」

そういうとより一掃賑わってしまう謁見の間。誰しもがゾンビの唐揚げのとりこになり、
どことなく皆もラハールの優しさに感動していた。

「おい其処の愛マニア。どさくさに紛れて愛とか言うな!」

此れも今となっては定番の挨拶代わりのようなもの。
本人だけが自覚していないのだが、愛に抵抗は薄れてきているのだが、
それでもやはり照れくさいのだろう。そんな姿を見てフロンは嬉しくなってきていた。

「まあまあ、いいじゃないですか。こういうときは、えーっと、
ぶれ・・・ブレイク・オフですよ!」


そういうと突っ込みを入れるのはエトナの役目。
はぁ、とため息を漏らして呆れた顔をしながら、

「フロンちゃん。そんな言葉どこで覚えてくるのよ。
其れに、ブレイク・オフじゃなくて無礼講でしょーが。」

そんな突っ込みもフロンは軽く流してしまう。
にこにことした顔をエトナに向けると、

「まぁまぁいいじゃないですか。エトナさん。
それでは皆さーん、気を取り直していただきましょー!」

そういうと皆は一斉にいただきますと答え、食事を始めた。

しばらくするとラハールは何かに気づいたのか、フロンに声をかける。

「おいフロン、お前の其の唐揚げ、腕が少し太いぞ。
オレさまによこせ。」

今度は指ではなく、大きさの問題を突きつけるラハール。
こういう頑固でわがままなところは相変わらずというか一生矯正はできないのだろう。
此れには負けじとフロンも対抗する。

「何いってるんですか!先にとったもの勝ちじゃないですか!」

正論。

「なにを!このラハールさまに逆らおうというのかフロン!
折角オレさまが取ってきてやったのだから、
其れを譲ってやるのが、愛とやらではないのか?」

こっちも一応正論、というか其れはモラルの問題である。
この場合は「屁理屈」というのが正しいのだろうか。
愛という言葉に弱いのはラハールもフロンも同じなのだが、
こと食べ物に関しての衝突では両者引けを取らないくらいに強情だ。

「いーえ!それと此れとは別問題です!」

別問題といえば別問題である、舌をべーっと出してラハールの言葉を否定する。
そんな態度にラハールはピンと2本の触覚を立たせると立ち上がり、
腰に手を当てながら、

「都合のいいやつだな!よかろう。
こうなったらどっちが其の腕の太いから揚げがふさわしいか、
決めようではないか!」

此れにはフロンも大賛成する。
同じくしてフロンも立ち上がり、目線を唐揚げからはずし、ラハールへと向ける。
そして指をラハールに突きつけ、

「望むところです!」

と此処で決闘の合意が認められる。
そんな姿を見て呆れているのは言うまでもなくエトナとプリニーの皆さん。
頭をかかえながらもエトナはしっかりといいたいことだけは口にする。

「あーあ、結局此れだ・・・。」

其れに同情したプリニーがエトナの肩をポンとたたきながら、

「エトナさま、自分の分だけ食べてオレたちはささっと仕事に戻るッス。」

賢明な判断である。長年ラハールの家来を務めていると、
こういった事件でも冷静に判断ができるようになってくる。
寧ろ、そうでなければこの魔界では生活ができないという事でもあるのだ。

「はいはい、そうしよそうしよ。また殿下の技の餌食になるのはごめんだからね。
しっかし、こんなのが魔王で本当に魔界は大丈夫なのかねー?
あー、先が思いやられるー。」

なんて事はエトナの口先だけのモノである。
実際問題今のままでも十分勤まってきているし、だんだんと魔王らしくなっているのは、
一番理解しているのだから。でもこういう問題に関してはやはり納得できていない様子である。

「おいエトナ。どさくさに紛れてオレさまの悪口をたたくとはいい度胸だな。」

一瞬視線がフロンから離れ、エトナに向けられる。
エトナはしまった、と言わんばかりに身構えるのだが、其れを打ち砕いたのはフロン。

「スキありです!」

そういうと一本の雷がラハールの腹部を直撃する。


「いってててて!何をするか!天使のくせに不意打ちとは、
天使の風上にも置けぬ奴め!」

そういってエトナからの視線は完全にはずれ、フロンへと向けられる。
あれだけの雷撃を食らいながらも平然としている様子はまさに魔王たるがゆえん。
しかし其処はフロン、此れくらいではびくともしない。

「戦いはもう始まってます!余所見をしたラハールさんが悪いんですよ!」

正論。両者が合意をした時点で戦いというのはすでに始まっている。
よって今のは完全にラハールがミスをおかしたということだ。
ラハールは其の言葉に反論出来ずに、手の平を拳に握り返ると、

「なにをぉ!このペチャパイ天使が!覚悟は出来てるんだろうな!」

そういってラハールは立ち上がり、フロンに一掃厳しい視線を送る。
送るのだが、此れに反応した視線がひとつではなくふたつ感じ取れた。

「誰がペチャパイかー!」

此れに反応したのはフロンとエトナである。この二人はペチャパイという言葉に敏感である。
要するにコンプレックスを抱いているという事になるのだが・・・。

此れに驚いたのは他でもないラハールのほうだ。
両方に視線を行き来させると、もうどうしようもなくイライラしてくるのが分かった。

「なぜお前まで反応するのだ!」

そう一言だけいうと凄い剣幕で二人が押し寄せてくる。
もう我慢ならん、とばかりに椅子の隣に立てかけてある大きな剣を取り出し、
上空高くへと飛び上がり、あの技の構えをする。

「ええい!うっとうしい!まとめて叩き潰してくれる!」

そういうとラハールはまるで弾丸のように降りてくる。摩擦を帯びた剣には、
今にも熱で溶けてしまうのではないかと思えるくらい燃え上がっている。

「飛天!無双斬!」


ドーンという音と共に謁見の間は大きな爆風と共に包まれていく。





此処は魔界。今となっては天界とも自由に行き来が出来る所。
そんな場所では毎日、些細ながらも小さな事件が起きている。
こういった食べ物を争う揉め事は、ラハールの所では日常茶飯事。

此れは、そんな平穏な日常生活でのお話・・・。




Fin