片隅に置かれた心

page 3 絆

小さな男の子が居た。
辺りは緑に包まれた楽園だった。
其処にたたずむ一人の小さな女の子。
白いワンピースに麦わら帽子を被っていた。
其の風景はとても絵になり、見るモノを其れだけで魅了してしまう。
でもこの風景は今日だけではなく、
何時も此処に来ると其の風景は写真に収めたかのようにして、
同じカタチを保っていたのだ。


「ねぇ、君、何時もこんなとこで何をしているの?」


おもむろに声をかけた男の子。
でも女の子は振り向きもしないし、何も言わなかった。


「俺もここに座っていい?」


男の子は言う。
返事はなかった。ただ、小さく頷いたかのように見えた。
男の子は其のとき、初めて其の子と会話をしたと思ったのだろう。
直接的な言葉を交わしたわけではないけれど・・・。


ただただ何かを話すわけでもなかった。
ゆっくりと流れる時間にただただ身を任せるだけで。
此処は森の中なのだ。辺りを見回せば生い茂る緑の数々。
其れは意気揚々とそびえたっている。
こんな風景を見続けていれば、きっと。
どんな凶悪犯だって心を入れ替えてしまうのではないだろうか。


時間だけが流れ、また森へと足を運んだ小さな男の子。
其処には何時も見かけていた少女の姿はなかった。



白い空


大きな陰


体を包みこむ緑


小さな・・・女の子・・・


君は・・・誰・・・?




「朝ですよ〜。」


そんな陽気な声に俺こと、神谷 直樹は目を覚ます。
何時の間にか寝てしまっていたのだろう。
とすれば先程のは夢だったのだろうか。
柄にもなく夢を見て、そして、其の夢の一部始終を憶えていた。
体を半身だけ起こし、辺りを見回してみる。
其処には昨日と違った風景があった。
何時もベッドの中から見渡す風景とは違うモノ。
此処は病院の中なのだ。昨日病院に泊まり、
其のまま一晩過ごしていたのだ。
目の前には昨日の「瑞希」と呼ばれた看護婦がたっていた。
恐らく先ほどの声の主はこの瑞希という看護婦のものなのだろう。

まだ眠たげな体を半身だけ起こし、瑞希に挨拶をする。

「お早う御座います。」

そういうと瑞希はにっこりと微笑んで仕事へと戻っていく。
一瞬とも言える二人の時間を過ごし、また『孤独』へと戻っていく。
だが其れは俺にとって些細な感情だった。
昨日の晩ご飯を食べてから何も食してない事に気づき、
俺は病院の前にあるコンビニエンスストアがあるのを思い出し、
そそくさと病院を後にし、朝ご飯を買いにいった。

コンビニエンスストアの中に入ると其処はまるで別世界のようだった。
外の空気とは一遍し、人工的に造られたものから流れてくる冷たい風。
ひんやりと冷やされたこの空間は、この暑い時期には最適な環境と言えるだろう。
朝ご飯を買いに来たのだから、当然御弁当コーナーへと足を運ぶ。
其処に並べられた数々の御弁当はおなかのすいている俺にとっては、
どれも美味しそうに見え、何にしようかと悩んでしまう。
またこの後病院へと戻る事になるので、出来るだけ軽いモノにしようと考え、
御弁当はなかなか決まらないという困った事になってしまったので、
御弁当の上にある、梅おにぎりと昆布おにぎりを2個ずつ買う事にする。
飲み物はパックの珈琲牛乳を購入。

コンビニ袋をぶら下げて俺は再び病院の喫煙コーナーへ行き、
先ほど買ってきた朝ご飯を食べることにした。
二つ目のおにぎりに手を出そうとした時、
其処へ瑞希という看護婦が姿を現した。
先ほどとは違い、顔を曇らせている。

「友達が・・・。」

友達が・・・どうしたと言うのか。
顔色を伺うにしても余り喜ばしい事ではないのは、
安易に想像がついてしまう。

「どうかしましたか?」

とは言え何があったのかまでは想像できない。
いや、想像は出来たかもしれない、最悪のパターン位は幾らでも。
ただ其れを自分自身だけの考えで認めたくなかったのだ。

「今かなり危険な状態なの。」

そういった瑞希は、俯いて顔を隠してしまう。
手は制服をぎゅっと掴んでいる。
危険な状態だと言われてしまえば誰でも其の後の事は、
安易に想像が出来てしまう事だろう。
ましてや、看護婦、医師等は俺よりももっと先が視えるだろう。
其れを察知した俺は瑞希に案内してもらい、
友達の病室へと足を運ぶ事にする。


ガチャリ。


鈍い音と共に病室の扉が開く。
其処で見たのは、まさに「病室」だったのだ。
白い壁、白いベッド、其処に並ぶ数々の医療器具。
ベッドに目を向けると、目を瞑ったまま、
はぁはぁ、と何度も荒い呼吸を繰り返す友達が横たわっていた。
こんな光景は誰が見ても胸が苦しくなってしまう。
こんな俺でさえも、この時ばかりはとても苦しかった。
病室に来たからといって何が出来るわけでもない。
ただただ「何か」と闘う友達を見ている事しか出来ない。
俺は考えてはいけない事を考えてしまう。
だが、其れは此処にきている総ての人間がそう思ったのではないか。

死ぬかもしれない。

医師が判断した事には不思議と洗脳されてしまう。
其れは医師というものが、人間の命を左右させる仕事だという事からだ。
一般人に「助からない」と言われればまだ疑う事は出来る。
だが、仮にも医師に「助からない」と言われてしまえばどうだろうか。
そう聞かされただけで何を見なくとも其の場で絶望し、崩れてしまうだろう。

死ぬわけない。

此処にいる総ての人間が、死ぬかもしれないという思考を抱き、
其れと同時に死ぬわけないという思考を交差させていた。

死んでいいはずの人間はこの世には存在しない。
例え、大量殺人を犯した犯罪者であっても其れは同じこと。
人が死んで喜ぶ人間なんてこの世には存在しない。
そんな人間が存在するならば、其れは異常だと思う。
人は何を持ってして「平等」だと言われるのか。
其れは「魂の在り方」なのだと俺は思う。
同じ「命」を宿された其の時、人間は平等なのだ。
其の後の環境や性別が違ったとしても、
同じ生命というモノを与えられた事、其れこそが
人間が平等であるという意味なのだと。


そんな思考は直ぐにかき消される事となった。


ピー。


一つの医療器具から耳障りな音が聞こえて来た。
此れは心肺停止を示す機械音だ。
其の音を聞けば誰しもが「死んだ」のだと思うだろう。
つい先ほどまで荒い呼吸を続けていた友達は、
動かない人形と化していた・・・。
其の後も医師達は賢明に出来る事総てをやった。
だが依然として友達が人間に戻る事はなかった。

一人の医師が時計を確認し、死亡時刻を告げる。
其れからも作業がある為、医師達は其の部屋を後にした。
すれ違い様、俺の顔を見て、そっと目を瞑る医師。
そんな顔を俺は見たくなかった。

病室には俺と瑞希、そして、たった今、息をひきとった友達がいた。
友達は多くの医師と、俺と瑞希に見守られながら死んだのだ。
この友達の両親はとても多忙な方で、殆ど家には居ないそうだ。
今日の事も恐らく知らされていないのではないだろうか・・・。


俺はそっと友達の目の前へと足を運ぶ。
白い布で覆われた友達を見て俺は何も出来なかった。
瑞希はただただ其の場で立ち尽くし、体を震わせていた。
刹那、瑞希は其の場に倒れ込み、泣き崩れてしまった。
そんな瑞希を俺はどうする事も出来ず、ただ見ているだけだった。

友達の手をそっと握る、俺が出来るのはきっと此れ位なのだろう。
其の手は先ほどまで生きていた人間とは思えない位に冷たくなっていた。
まるで、今の俺の心の中のように冷たく、弱々しかった。